杏子とOLの出席簿

20代女子ふたりの背伸びをしない交換日記。

自分のせいにしたいから【あしきょう 夏休み】

by あしきょう

 

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ちやほやちゃんの心の叫びのような前回のブログ、

 

私はとにかく「思ったことを人に伝える」ができなくてね
思ったことも嫌だったことも納得できないことも、言葉に発して伝えることから”自分の感情に自信がない””否定されたくない””口答えしないいい子でいたい”という理由で逃げてたんだよ。救いようのない臆病者だった。

出来損ないであることへの償いのつもりだったんだ【OL もう来ない夏休み】 - 杏子とOLの出席簿

 

「いい子ちゃんほどあぶない」とはよく聞くことだけれど、いい子がどうしてあぶないのかを教えてくれる人は誰もいなかった。いい子ちゃん自身が何かやらかさないと気づけないなんて、結構な仕打ちだ。

 

並べるにはあまりにちっぽけな話ではあるけれど、ちょうど、ワタシはワタシなりの「いい子ちゃん」を実行してきた結果について考えを巡らせていた。

 

1か月半に及ぶ一時帰国中、ワタシは彼との逢瀬を幾度か重ねていた。会うのはいつも、彼が立つお店。ワタシは実家から上京すれば店に寄って、他愛もない会話を小一時間重ねて帰路に着いた。

 

今回帰国して最初に会ったとき、彼はワタシが都内に滞在しているのか、と尋ねた。そのときワタシは自虐的に、箱入り娘だからおとなしく実家にいると返した。その日彼は、ワタシの滞在中また店に来てくれたら会えるから、とワタシに言った。そのときワタシは彼がご飯くらい誘ってくれたらいいのに、まったく覇気がない、と思っていた。

 

二度、三度と店を訪れて、自ずと彼はワタシが何時頃に店を後にするか記憶していたのだろう。ある日はワタシが帰ろうとしたら彼が接客対応に追われてしまい、ワタシは電車の時間の限界が迫っていたので、ちゃんと挨拶するのを諦め、そっと目配せをして帰った。その頃ラインで話していた友達は、彼さ、あしきょうをご飯に誘うくらいのことしなよ〜! とやきもきしていた。

 

今日がきっと、渡航前最後のチャンスだと思って店を訪れた日。いつもより遅い時間だったけれど、その日行かないと機会を逃す気がして無理矢理都合を付けて店に寄った。店に着くまでの電車で、帰宅が少しだけ遅くなること、その日の夕食はワタシが家族分を調達して帰ることを母に連絡し、根回しを済ませた。

 

いつも通りふざけた冗談を言い合っていたら、ふいに彼が、今日は何時に帰るの、と言った。ワタシはその質問の意図を読めずに、門限なんて突破しちゃうもんねー、なんて嘘をかましていた。実際門限となる数字はなかったが、家族分の夕食を調達すると約束したワタシの脳裏では、母がいらいらしない限界値を計算していた。

 

でも彼の質問の意図はその先にあった。「この時間ここにいるってことは…このあとご飯でも行く?」あんなに待ち望んで夢に見たセリフのはずだった。それなのに、ワタシの脳内ではその瞬間「いい子ちゃんブザー」が鳴り響いて思考停止した。「行きたいけど…今日は無理だな」その場でリスケを試みたワタシたちだったけれど、今度は彼の都合が良くない。そしてワタシは、彼とご飯に行けないままに、また遥か遠い国へと戻ろうとしている。

 

彼に「この時間云々」ということを言われるまで、ワタシは全く気づけなかった、彼に気を遣わせていることに。「シンデレラタイムだから」と言って自分の時間で華麗に帰るワタシを引き止めたら、ワタシは母に怒られて傷つくわけで。18時過ぎにはいそいそとスカートを翻してエスカレーターを駆け下りる人を、どうして引き止められようか?

 

そもそも、彼が誘ってくれないなんて思っていたけれど、ワタシこそわかりにくい態度を取っていなかったか? 彼に会いに行くのは毎回、何かの用事で東京に出てきたときだった。ないがしろにされていると思わせたって無理もない。関係をはっきりさせない彼を許しているワタシ、なんて思っていたけれど、自分の都合で店に舞い降りては、自分の時間でぱっと去るワタシを止めない彼のほうが、よっぽどワタシを許している。

 

たかだかご飯で、と思われようが、ワタシたちはかれこれ1年以上、ゆっくり2人きりで腰を据えて話す機会がなかった。お互いの環境が変化して、物理的距離がワタシたちを遠ざけたからだ。この夏は、やっとやっと訪れた機会のはずだった。ここまでの経験をしないと、自分の行動異常に気づけない点で…親との共依存は危険である。

 

でも、全ては自分の選択が招いたことだった、いや、むしろ選択をしなかったツケかもしれない。例えばご飯に誘われたそのときに、「今日は友達とご飯食べてくるわ」というだけのセリフを親に言えない自分の意気地なさ。ワタシが買って帰らないと今日の夕ご飯がなくなっちゃうから、というのがいい子ちゃんブザーの主訴だったけれど、赤ん坊でもあるまいし、そこで帰らなかったところで親は自分の食料くらい調達できる。

 

なのに、ワタシは、そのあと駅弁を買って帰ったのだ。いい子ちゃんブザーが鳴ると、ワタシは選択肢が複数あろうとも、いい子ちゃんの道を選択することしかできない思考停止状態だった。全ては母が強いたことで、ワタシが選んだことではないという、責任放棄でもあったのだと思う。

 

帰宅してから、だんだん自分のとった言動が思い出されて、彼にどういう気遣いをさせたか理解し始めて、激しい後悔に襲われた。親の顔色を見る子、とよく言われてきたけれど、こちらで勝手に顔色を先読みしていなかったか? その先読みの精度は何ぼのものなのか? だいたいが門限を破るだとか急にご飯外で食べると言い出すだとか、10代のうちに通過しておくべき儀礼ではなかったか? あの頃ちゃんとそういうことをしていれば…今ワタシはこうはなっていなかったのではないか。

 

全ては自分が、いい子ちゃんと思われたいがばっかりにとってきた保身だったのだ。

 

自分がやるせなかった。友人に電話をかけて、電話口でさめざめと泣いた。ひとしきりワタシが話したあとで、友人は言った。「今回は残念だったけれど、でもわたしはあしきょうちゃんがそのことを考えられるチャンスを得られて、良かったと思うよ」たしかに、もっともっと大事なシーンで、同じようなことをしてしまわなくてよかったし、今回の経験を経て、ワタシは本当に大事にしたいものを見誤らないようにしようとも思った。

 

でも…今までだと母とのことで何かが叶わなかったとき、どうしようもなく苦しい気持ちになったものだったけれど、今回はやっちまったとは思ったものの、いつもほど混乱してない、落ち着いてる。

 

飛び立つ前の夜、彼は連絡をくれた。食事のリスケが叶わなかったことを詫びつつ、気をつけて、と言ってくれた。詫びたいのはこっちだった。

 

きっと、待っていてくれる。ここまできたら、もう少し甘えさせてもらうほかない。この恋はあまり泣かないものだけれど、今回ばかりは、あの人の優しさと、母の顔色を見続けた自分へのやるせなさで泣けた。彼にも、そして濡れ衣を着せられそうになった母にも、詫びたくて仕方なかった。

 

もうワタシは選択を放棄しちゃいけない。

もう、母のせいにするのも、誰のせいにするのもやめたいから。自分のせいと言いたいから。