私たちはいつも間に合わない【OL 久しぶりの登校】
by ちやほやされたいOL
特になんの用事もない4連休だった。
1歩も外に出ないのも癪なので、雨の中、髪の毛を染めに行くことにした。
北千住にある美容室で、月に1度、カラーとカットをしてもらっている。
初めて足を運んだ時にはスタイリスト見習いだった担当の男性は、去年、店長になった。
かれこれ6年ほどの付き合いになる。 歳が近いこともあり、お互いのことはどんなことでも話す。
私がとんでもない失恋をした時には30センチ断髪してもらったし、彼が虚言壁の女性に振り回されているときには全力で交際を引き止めた。
「納車された?」 髪にカラー剤を塗りたくられながら質問する。
彼は先月車を購入した。学生のころから節約と貯金生活だったから、ここまで高いものを買うのは初めてなのだと話していたのだ。
「いやそれがさ、コロナの影響で遅れてて…。来月の中旬くらいになっちゃうらしいんだよね」
「あら、ずいぶん時間かかるのね」
「そうなんすよ~」
「待ち遠しいね」
「そうだね~」
カラー剤の匂いが鼻をつんざく。彼は私の髪の毛から目線を逸らさずポツリと言った。
「っていうか、別れそうなんだよね」
「ふぇ?」
「ちょっと喧嘩しててね。今度こそ終わりかも」
彼には結婚を前提に付き合っている彼女がいる。 私は彼とその彼女との出会いも、喧嘩も、あらゆる危機も見守ってきた(いや、実際彼女に会ったことはないので、ただしく言うと聞き守ってきた、ともいうべきか)
彼女には小さな子どもがいる。だから出かけるときは3人で、都心から離れた遊べる施設やハイキングが多い。
彼が車を購入したのは、子どもの着替えなどでどうしても荷物が多くなってしまう彼女と、帰りの電車で疲れて寝てしまう子どもの負担を減らすためだった。
「間に合わなかったのかもなぁ、車」
彼は鏡の中の私に少し困ったように笑った。
私はどんな顔をしたらいいのかわからなくて、同じように困った微笑みをつくった。
帰宅して、服の整理でもするかとクローゼットを大きく開ける。
冬物のコートはクリーニングに出さなくてはいけないので紙袋に詰めた。学生のころから使っているボロかばんはごみ袋に入れた。
ふと、あるワンピースを見つけて手を止める。
まだ値札を切っていない青いワンピースだった。
「あぁ」と思わず声が漏れる。
私は普段、スカートをほとんど履かない。だれに言われたわけでもないのだが、高身長で男の子のようなヘアスタイルの私には、キャラ的に合わない気がしてずっと敬遠してきた。
でも、たしか冬の終わりごろ、テレビを見ながら好きな男が「ワンピースを着てる女性いいよね。ちやほやも痩せているんだから、きっと体のラインが出る服が似合うよ」
と、そんなことを言っていて、愚かなことに真に受けて後日ネットでポチったのだ。。
でもコロナやらなにやらでデートにはなかなか行けず、いざデートに出かけることになっても結局気恥ずかしくて「今度にしよう」と何度もハンガーに戻した。
ウエストマークに控えめなリボンがついた爽やかなワンピースは、結局一度も着ていない。
実は好きな男とも、2週間ほど前からちょっとのことで気まずくなってしまい、連絡をとっていない。おそらく、関係の修復は難しいだろう。
「間に合わないことばっかりだなぁ……」
準備が整うころには、いつも手遅れになっている。 新品の美しいワンピースを手に、困って少し笑ってしまった。