おしゃれな足下に思う【杏子 出席】
by あしきょう
DJあおいは、平熱で恋をしろ、と言った。
熱々の38度ではなく、平熱36度で、と。
言うなれば、今の彼とワタシは
平熱の恋をしているのかもしれない。
ワタシは今不思議と落ち着いた気分で
彼もそう感じていてくれたらいいなと思う。
おしゃれが大好きな彼に
この靴どう思う?とラインをした。
すると彼は言った、
前に付き合った子がこれを履いていた、と。
彼はこれまで過去の人の話をしなかったから
通知に映った文言にワタシは面喰らった。
でも彼が心の結び目を解いてくれた気がして
ワタシは何だか嬉しくなった。
過去の人も、おしゃれさんだったんだな。
それは知る人ぞ知る老舗メーカーの靴。
もっと知りたい気もしたけれど
彼のペースで少しずつ教えてほしい気もして。
ワタシは届いた文言に対して
「おしゃれさんやね~」とだけ返した。
「じゃあ買うのはやめとこっかな」
とも書き添えたけれど。
それで途絶えるかと思ったら
彼はもう一言だけ送ってきた。
「どっちにせよ
この色は難しいからやめとき」
この色を履いていたという彼女は
どんな人だったんだろう。
きっときっと彼と同じくらい
不思議な人なんだろうと思う。
彼がその色を履いていた彼女を
どう思っていたかは知らないけれど、
その間合いや言葉遣いから
前の人をぞんざいにしない人柄の良さを思ったし、
自己開示を通じて
ワタシを大切に扱ってくれた気がして。
何か、彼の歴史ごと愛おしくなる感覚を
ワタシは抱いたのだった。
いつか彼に
ワタシの過去を話す日は来るんだろうか。
彼なら受けとめてくれるだろうと思う反面、
話すことは、ちょっとだけ、怖い気もする。