このトラウマの多い季節に【杏子 お盆開け】
by あしきょう
考えてみたら夏にはトラウマしかない。ほかの季節よりも、とりわけ恋の切なくて苦しい思い出が多いかもしれない。
だから夏が来ると思い出してしまうことや考え込んでしまうことがある。ワタシにとってあまり心地良い季節ではない。
気候やイベントに刺激をされて蘇る記憶や悶々とした気持ちも多く、夏の夕暮れはちょっと切ない。
夏休みで彼もワタシもあちこち飛び回っているから、そういえば1か月ほど会っていない。次に会うのはさらに1か月後の話だ。
だけどふと考えたら、このトラウマの多い季節を、彼と過ごさずに済んで良かったのかもしれないとも思った。
ワタシは過去のいろいろに向き合い頭の中に転がる記憶を整理する時間を持てたし、あるいは新たなトラウマを重ねずに済んだとも言えるだろう。
先日友人が仕事で偶然、ワタシの過去の人に会ったらしい。もう7,8年も前にワタシを惑わせたその人は、友人に向かって「杏子ちゃんは元気ですか?今何してるんですかね」と訊いたらしい。
その話を聞いて、ワタシは一瞬だけ顔から血の気が引いたのを感じたけれど、すぐさまLINEの画面に「www」を思わず連打していた。キッチンで肉を煮込みながら、反り返って爆笑した。
一体どの面下げてそんなこと言ってるんだろー!www
LINEに打ったそのセリフは心からの本音だったし、何より、そのように自然に笑い飛ばせた自分にちょっとほっとした。ワタシの中で、彼はちゃんと過去の人になったんだな、と確認することができた。
4,5年前に一度だけ彼と職場で遭遇してしまったときに、ものすごくショッキングだったため、しばらく過呼吸気味になって、同期にえらく心配された。
以来ずっと彼と遭遇しないように気をつけていたけれど、きっと今ならうっかり会ってしまってももう大丈夫だろう。あっけらかんと近況報告できる自信が出た。
それにしても、向こうはもうこちらのことなんか忘れてるかと思っていた。一瞬血の気が引いたというのは、正直そのように近況を尋ねられるとは思っていなくて驚いたからだ。
そんなふうに覚えているのだったら、言ってやりたいこともいくつかあるけれど、今となってはその種の怒りや恨みすらただ静かにリリースしたいとワタシは願っている。