ティータイムのセオリー【杏子 放課後】
by あしきょう
甘いもの好きなワタシは、スイーツを共に味わえる人とは仲良くなれる気がする。
映画のようにロマンチックにはいかなかったが、先日いろいろあって、結局引っ越し直前の部屋に彼を呼びつけることになった。
実に2か月ぶりの再会で、4か月ぶりに我が家に来た彼は、さらっとワインボトルを1本抱えて現れた。
夕食をこしらえていたので、ワインは冷蔵庫で冷やし、支度が整うまでの間にお紅茶を飲んだ。
あいにく引っ越しのためにほとんどのものをパッキングしてあり、彼のお気に入りの茶葉はなかった上に、あろうことか、わたしはミルクを切らしていた。
正確に言うと…
紅茶が入ったところで、「ミルクあったらもらってもいい?」と聞かれ、はいはいと牛乳を手にして部屋に戻り、彼のマグカップに牛乳を入れようとしたところ、
この国の牛乳、脂肪分が多いから、ほんの2~3日ですぐに固まってしまう。
彼専用のマグカップに、いくらか固形化した乳製品が情け容赦なく飛び込んでいった。
そのあとわたしが絶叫して‘ミルクティーになるはずだったもの’を片付けたことは、言うまでもあるまい。
*
彼は、紅茶に牛乳を欠かさない、しかもわりと多め。ワタシの倍は入れている。
彼のうちでお茶を飲むときには
「牛乳、いるでしょ?」
と有無を言わさない調子でミルクティーを作ってくれる。
ミルクを入れておいしく飲むために、アッサムだったり、ブレックファーストだったり、あの人は濃いめの茶葉を好む。
*
ワタシの新居での暮らしはまだ落ち着かないが、ぼちぼち自炊はし始めている。
先日初めてのスーパーに行こうとして、その道すがらインスタグラムを見ていたら、彼がストーリーを上げていた。
かなりミルキーな色の、濃い紅茶。
どこぞやのホテルでアフタヌーンティーに興じていたようだ。何の接待か。
来たことがないスーパーというのは、何がどこにあるのかわからず、買い物に時間がかかる。
やっと見つけたバター。これで牛乳を買えば、スコーンを作ることができる。バターの棚にくるっと背を向ければ、ずらりと並ぶ牛乳。
そうだった牛乳切らしちゃだめだよ、あの人は牛乳が好きなんだから。
それはせっかくひさしぶりに会えたのに、いいコンディションでもてなせなかった若干の後悔。
結局彼はあの日、ついぞ紅茶をひとくちも飲まないまま、ワタシに処分された。まあ彼が持ってきてくれたワインがあったから救われたんだけど。
ワタシのドジは、いつも彼の機転が救うんだ。
その度に自分の至らなさに情けなくなりつつ、ああこの人がいれば安心だ、とも思いつつ。
でも果たしてワタシはこの人にこうして甘えることを許されている存在なのか、という自信のなさも介在しつつ。
ワタシはフォートナム&メイソンの茶葉と牛乳を揃えて、彼が新居に遊びに来る日を待っている。もちろん、スコーンを添えて。ああ、ジャムとクロテッドクリームも備えておかないと、おこられるだろうか。