杏子とOLの出席簿

20代女子ふたりの背伸びをしない交換日記。

未来の街であなたは待っている【杏子 出席】

by 杏子


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今の想い人は古着屋が好きだ。


ワタシはてっきり古着屋は下北沢の人が行く場所だと思っていた。

けれど欧州に来てみて、それは日本よりも市民になじみがあり、かつ非常におもしろいお店だと知った。


そもそも彼のことを知る前から、こちらにいる日本人の友人が「ヨーロッパの古着屋楽しい」と言っているのを聞いて気にはなっていたのだが、実際に足を運んでみるきっかけになったのは、パリ旅行に行ったときに、現地の友人が連れて行ってくれたときだった。


何をどのように見たらよいのかもわからなかったが、5ユーロ均一と書かれた籠の中からスカーフを引っ張り出した。なぜなら彼に、スカーフが似合うと言われたからだ。


旅行から帰ってそのスカーフを彼に見せたら、化繊だねと言われた。何より柄が気に入ったし、5ユーロということは1,000円もしないので構わないのだが、兼ねてからシルクとポリエステルを触って判別できないことを恥ずかしく思っていたので(母によく突っ込まれていた)、背中に冷や汗たらりだった。


その後今住む街でも古着屋に足を踏み入れてみた。初めて行ったときはひとりだったからよくわからなかったし、買わずに帰ってきたが、近々日本から遊びに来る友人を連れて行く予定があったので、それまでに検討することにしたと彼に言ったら、賢明な判断だねと言われた。



昨日のことだ。1日がかりの用事を終えて、疲れと開放感を感じていた夕方、そういえば昼に見た星占いが「初めての場所に足を伸ばしてみよう」と言っていたので、最近気になっていた紅茶屋に行くことにした。


その途中でふと古着屋が目に止まった。いかにも彼が出入りしてそうだった。ワタシは寄り道をすることにした。


店員のお兄さんが感じよい笑顔であいさつをしてくれた。お兄さんはやっぱり下北沢にいそうな感じだった。店内は若者から中高年まで、大人が休日を楽しんでいるという雰囲気だった。


タータンのスカートを見ながら、母が持っていそうな服だなと思った。もし捨てていないのならもらおうか。


あるいはパイピングにトレードカラーのビビットなストライプを織り込んだポール・スミスの素敵な紺色のジャケットがあり、日本円にしてたった¥1,500ほどだったので強く惹かれたが、あいにくサイズが小さすぎた。


ハリス・ツイードのピンクと緑の綺麗なチェック柄のマフラーや、ブラックウォッチのシルクのスカーフはかなり迷った。


けれど、わたしはまたスカーフの籠を見つけてしまい、そこを掘り出しにかかった。


価格均一のカゴはやはり化繊の気配だったが、カウンターの中にある箱は、なにやらブランド物のスカーフが入っているようだ。


実は自分以上に、自分の楽器を包むために急ぎスカーフが必要だった。使っていたものが裂けてしまったのだ。楽器はシルクで包みたい。


下北沢風のお兄さんに言って箱出してもらった。リバティー、ディオール、グッチ……普段ならその看板すら視野からすぐ削除してしまうようなブランドの品物が、少しだけくたびれた感じで、箱に乱雑に突っ込まれていた。


そういった品物を見るたび思う。誰かと過ごした時間を胸に、この子たちは第二の人生を待っている。この子たちが新品がだったときに浴びていたようなお店のまばゆい光は無いかもしれないが、同じ品物がそこにもうひとつとない今は、本当にその個体だけに、誰かがスポットライトを当ててくれる。


彼はそういうストーリーに魅せられて、古着にのめり込んでいる。


その箱をすべて掘り返した上で(我ながらなかなか根気強い)、サイズと柄の兼ね合いから、Marc Aurel Roma というブランドのスカーフを買うことにした。価格、およそ¥1,500円。この子はどんなストーリーを背負っているのだろう。


家に帰ってから広げてみたら、端が少しだけほつれていたので、縫い直した。楽器を包んでケースに収める。今日からあなたにお願いしたいのは楽器を守ることなの、どうぞよろしくね。そう声をかけると、それは新鮮な気持ちだな、と返ってきた気がした。


古着屋の店内には、彼が好みそうなものがたくさんあった。次に会ったら、今日買ったスカーフのことを話そうと思った。


ワタシの未来に彼がいるかどうかわからない。けれど、きっとどんなに大人になっても、ワタシは知らない街で古着屋を見つけたら入ってしまうだろうし、その鴨居をくぐるとき、青春時代に出会った、博識だけど不思議ちゃんの彼のことを何度でも思い出してしまうんだろう。


もはや憎いほど、この恋はまるで小説のようだ。