杏子とOLの出席簿

20代女子ふたりの背伸びをしない交換日記。

甘い香り、熱い蒸気、そして【杏子 出席】

by あしきょう

 

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世間を賑わすとある話題について話す中で、ふと、彼の口からこんな言葉が出てきた

「16歳って、今の自分だったら10歳も下でしょ? 自分は恋愛対象として考えられないな」

 

10歳下はまだ考えられなくても、10歳年上ってわたしにとっては10代の頃から許容範囲だったよなぁ…と思ったところで、ワタシはガツンと脳天を殴られた気分になる

 

あのとき、、
あの人が17歳のワタシを口説いたあのとき、あの人は26歳だったはず

 


koukandairy.hatenablog.com

 

目の前にいる、ひとつだけ年上の今の想い人は、あの幼い日にワタシの瞳に“ものすごく大人”として映った当時のあの人と、同じ年齢なのか

 

いくばくかショッキングな事実ではあったが、特に悲しみも憎しみもその衝撃には伴わなかった
ただ、当時の傷跡がまだ自分の肌に見えるような気分のまま、自分はあのとき口説いた側の人間に近い年齢になったのか、という驚きは少なからずあった

 

あのときは、自分はこれから20代にかけてたくさん、たくさんの恋をして、彼の年齢になる頃にはこの幸せではなかった恋のことを昔話として笑い飛ばせるようになるんだろう、いや、そうできるように努めよう、なんて自分を慰めたものだった

 

ところが実際のところ、ワタシは古傷を懐かしんで話せるようになるほどの成功体験をそのあとに得ることはできずに、元に今もこうして失恋の覚悟という短刀をいつも腹に当てて過ごしている

 

それを特にどう思う気持ちもないけれど、恋なんていうものは、もし、ひとつひとつに全身全霊を込めて向き合っていたら、そう量をこなせるものではないんだな、ということを思った

 

そして、失礼だが、目の前の彼が女子高生に話しかけ、口説こうとしたらどんな図なんだろうか…と想像してみて、「ないな」という感想が浮かんだ

 

当時から薄々思っていたけれど、高校生から見る20代後半はものすごく大人だけれど、その反対というのは2歩3歩で手が届くような気がしてしまうものだ

なぜなら大人は高校生の経験があるから気持ちを想像することができるから
けれど高校生は20代を経験したことがないわけだから、未知のもので、恐れも興味も抱く

 

その両方の心情を知った上で考えても、26歳が、恋の右も左も知らない17歳に色気を出したのは、やっぱり「ないな」という結論に行き着いた

 

だって大人は、高校生に何が見えてなくて、高校生が何を求めているか、わかるから

 

相手が自分よりも明らかに弱い立場だとわかっていながら弄ぶのは、とても卑怯なことであるな、と思った

 

弄ぶと書くと、多くの人が「自分はそんなひどいことしない!」と思うだろうな
そう決めつけずに、実はこれ、誰もがその淵を覗いたことがあるという「自覚」を持たないと、あまり世の状況は変わらないだろうなと思う

 

そうだなぁ、これって、まるでそこに熟れる前の果実がなっていて、あまりに良い香りを放っているから思わず手を伸ばして触れてしまった、口に入れてしまったって感覚なんだろうと思う
だからあまり罪悪感を持たないままに手を出して、あとで「自分は何をやっていたんだろう」という気持ちに襲われるのではないか

 

たとえばワタシが幼い日に、炊飯器のことはよくわからずに、けれど漂ってきた炊きたてのお米の香りがあまりにおいしそうで思わず炊飯器の蓋を開けたら、蓋の裏側についていた水蒸気が雫となって手に溢れてやけどを負ったような、そんな感じ

 

でもワタシはあの日、むやみに手を出すと怪我をするということをよく学び、以後のよい教訓となった

 

おそらくあの時点で炊飯器はまだ「蒸らし中」だったのだと思う

 

知恵がつくとはそういうことで、すごくいい香りがしても、まだ炊飯器がゴーを出していないのだから蓋を開けるのは待とうという「理性」で、香りをもっと嗅ぎたいという「欲求」に「待った」をかけられるようになる

 

そしてそれが大人になるということなんだろう

 

世の中には、大人になりきれていない人間が多すぎる

 

ときに理性を待たずに飛び込んだ方が人生が拓けることもある
けれどもそれは、持つべき理性を備え、それを「発動しすぎる」場合に限り、言えることだ