杏子とOLの出席簿

20代女子ふたりの背伸びをしない交換日記。

AとMのIについて【OL 暇つぶしのフィクション】

by ちやほやされたいOL

 

Aのことを考えていた

揺れる電車の中で

もう何度も

考えるのをやめようと決めた

Aのことを

 

夕方17時半の山手線はそれなりにすいていて

それでいて年齢層がほどよく分散されている。

その中の1人である自分は

これからMと夕食を共にするために待ち合わせの有楽町に向かっている

 

ふと、気を抜くと思い出すのは

Aと過ごした短い時間

断片的な記憶

笑った時にくしゃっとなる目尻と

フットサルで少し焼けた肌

空気を含んだような猫っ毛

バカだなぁと背中を叩いた時の圧力と

キスを躊躇った時の瞳

 

 

未練があるわけではない

ただ、その記憶はあまりに鮮明で

捨ててしまうにはもったいないほど

今でも私を強くし

脆くもするような

不思議な力を持っているから

定期的に思い出さずにはいられないのだ

 

 

Mからのメッセージで手元のスマホ液晶が光る

「仕事終わったよ

19時前には有楽町に着けそう

店は前にも行ったあそこでいい?」

愛せるだろうか

Mのことを

Aのように

 

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「いいよ。マルイで買い物しながら待ってる」

Mを待てるだろうか

Aを待っていたあの日のように

 

いや

それはAを待っていた時の感覚からはほど遠い

あの日、Aの指定した時間の30分前に待ち合わせ場所に到着したが

結局Aの打ち合わせが延びた為そこから2時間駅で待つことになった

それでも待っていた。

改札外で彼の姿を見た瞬間に無駄だった時間はチャラになった。

彼を待っていた時間の分だけ、会えたことへの喜びは膨れ上がる。

 

もしもMが約束の時間に現れなかったら

私は怒るだろう。

現れた姿にずんずんと近づきふざけてげんこつをお見舞いするかもしれない。

「罰ゲームとしてすべらない話して」と独特のキレ方をするかもしれない。

Mはそれを聞いてごめんと言ってバツが悪そうに苦笑いをするだろう

Mとの関係は残酷なほど都合がいい

なにも考えなくていい、駆け引きも必要ない、失うことが怖くない、どう思われようと、いつ私の前から消えようと、なんとも思わない。

Aを待っていた時の緊張感はMの時にはまるでない。

Aを想って溢れた切なさも、M相手には沸き起こらない

 

Mを愛そう。

Mはおそらく、私を好いてくれている。言葉にこそしないものの、手の動きが、目線が、仕草のすべてがそう訴えている。

Mを愛すのだ。

決心の夕方。人が大勢乗り込んできて発車した目黒の駅で、私はまた無意識にAを探す。

 

 

MといるところをAに見つかったら、本当の意味でAを諦めるいいきっかけになるかもしれない、と最低な考えを抱きながら

 

 

Mを愛そう。

Aを愛していた頃とは違う自分で

Mを愛そう。

Mを、愛そう。

 

 

それがいい。

それ1番いい方法なのだから。

まばたきを忘れた瞳で

先ほどより人が増えた車両内を眺める。

頬に涙が流れる感覚だけ残った

軽快な音楽と空気を吐くように閉まるドア

同じ言葉を唱えても

体は言うことを聞かない

電車はゆっくりと、でも引き返せない速度で

有楽町のホームから動き出す