正した襟、閉ざしたボタン【杏子 支度中】
by あしきょう
服にはまぁまぁこだわりがある
ワタシは毎日ドレスシャツを着ている
これは小学生の頃からほとんどそうだ
高校の頃はお父さんみたいって言われて
結構傷ついたりもしたけれど
それでも着ることはやめられなかった
少年や紳士が永遠の憧れだったワタシは
シャツを着れば近づけるとわかって
来る日も来る日もシャツを着たし
来る日も来る日もトラウザーズを履いて
そうしたらいつかは男の子に
なれるんじゃないかって幻想を抱いた
生物学的に男の子になれないのなんか
もちろんわかっていたけれど
憧れを身にまとうことで
得られる幸福度や充足度が桁違いで
モテないと言われようが何言われようが
ワタシは自分のスタイルを貫き通した
それでも一度はいわゆる流行のスタイルに
寄せられないか試したこともあったけれど
はやりと世相受けと自分の心が許せる
限界のポイントを探したら
ダサくて冴えない格好になるばかり
心は全然満たされなかった
もう自分がハッピーでいられる服
だけを着ると決めた日から
いつの日かそれを受け入れてくれる
それを良いと言ってくれる殿方に
会うことができたらいいと思ったし
会えないのならばひとりでいいと思った
*
だから彼があるときワタシに
シャツいつもラルフローレンですもんね
と言ったそのときに
見ていてくれている人はいるものか
と思ったものだった
そんな彼も毎日シャツを着ていた
むしろ彼にとってはシャツが初期値
彼がシャツを着ずに出かけたところは
一度も見たことがないし
毎朝着る前にアイロンをかけていたし
脱水はシャツを痛めると教えてくれたし
カフスはいつもボタンが光っていた
ワタシがシャツを着るのには
いくつかの理由があるのだけれど
実はただ一点ほかの理由を凌駕する
ワタシにとって最大のワケがある
これはワタシのトップシークレットで
今まで誰にも話したことがなかった
彼がワタシからシャツという
仮面を剥いだその日にワタシは
そっと彼にしか聞こえない声で囁いた
なんでワタシが毎日シャツ着てるか知ってる?
その問いにも驚いたようだったけれど
彼は答えにもいくばくか驚いたようだった
それはただひたすらにワタシが
コンプレックスを隠すためのことで
誰にも悟られまいと死守してきた部分
シャツの理由を知った彼は即座に
それはコンプレックスじゃないと言った
今でもシャツの理由を知る人は彼しかいない